ひねもす月
「ミナ、罠にカブトムシ入ってたよ」


案の定、バッと視線が戻ってくる。
振り返った全身が、興奮でキラキラと輝いているようだ。


カナタがいれば大丈夫。そう思っていても、時折、ミナがまた心を閉ざしてしまうのではないか、と不安になる。
「おにいちゃん」でいる必要がなくなったら、どうすればいいのか。

ミナがひどく儚く見える瞬間、カナタはどうにも落ち着かない気持ちになった。


「こっちだよ」


……良かった。

生き生きとした姿に胸の中で小さく安堵の息をつきながら、カナタはミナの手を取って歩き出した。

さっき探し回っていた時、最後の罠の中にカブトムシを見つけた。

ミナに早く知らせなきゃ。
そんな思いで、走る足にさらに一層、力を込めた。

良かった。

ミナが無事で。

良かった。

ちゃんと、いてくれて。


「ミナは、カブトムシ触れる?」


歩きながら他愛のないことを訊いてみる。
さっき、一瞬感じてしまった妙な緊張感をぬぐい去りたい。


「平気?じゃあさ、カゴに移すのやってみる?」


大丈夫、とばかりに頷く得意気な表情が可愛くて、つい、口角が緩む。

正直、カナタはあまり虫が得意ではない。
触りたくないし、たぶん、触れない。
けれど、兄として、そんな弱味は見せるものか、と心に誓った。
……だから。


特別にやらせてあげる。


後ろめたさを感じつつも、そんな風に言ってみる。
すると、ミナはニコニコと嬉しそうにほっぺたを上気させた。


< 22 / 83 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop