ひねもす月
自分に言い聞かせるように、何度も強く、心の中で繰り返す。


「おにいちゃん?」


この立場こそが、カナタの生きる意味だから。

失ったら、何もないから。


「眠そうだね。寝てもいいよ。起こしてあげる」


トロンとまぶたをおろした横顔が愛しい。

カナタは優しい気持ちで、それを見た。


そうだ。
これでいい。


白いほっぺがほんのり赤いのは、やはり熱を出す予兆なのか。


眠り姫みたいだ。

ぼんやり思う。


本当のミナはもしかしたら、まだ彼女の奥底で眠っているのかもしれない。
何かの弾みで、目覚める時も来るだろう。
その時には、きっと、この時間こそ夢になってしまう。


でも。


窓の外を流れる、暮れ始めた空を見やりながら、カナタは深く深く、息をついた。
バスの振動が疲れた体に心地良く、眠気を誘う。

肩には、安心しきったミナの頭。
顔にかかる邪魔な髪をよけてやりながら、カナタも一つ、欠伸をした。


--今は……このまま………………。





< 56 / 83 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop