ひねもす月
わかっていたから、何も感じないように心には蓋をしたはずだった。

あの頃……鍵をかけてこもるカナタの部屋のドアを叩きながら金切り声をあげていた……あの日々の教訓。


なんで来たんだろう。

母がこの場にいるというだけで、我慢しがたい嫌悪感がある。
それなのに。

自分の中で、じわじわと火に油が注がれているのを、カナタは感じた。


「そんなこと言ったって、彼方にも心の準備ってのがあるでしょうに……」


「何を今更。お母さんだって昔、私に相当無茶言ったじゃない。心の準備なんかなかったわよ?でも、できた。
以前いた学校に戻るだけなんだから余裕でしょう」


蝉時雨の合間を縫うように、茶の間にはくだらない討論が響いている。


どうでもいい……。


母の姿を見た瞬間、自分の中の明るい気持ちや幸せな気持ちがひとところに失われるのを感じた。
あるのは諦めと、わけのわからない苛立ち。

ここには、鍵をかけて閉じこもれる砦がない。
丸腰のカナタは、どうやっても母に太刀打ちできる気がしなかった。


気力が失われる、とか、魂が抜ける、とか。
そんな感じ。


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