ひねもす月
ふぅ


息がもれた。


「大丈夫。大丈夫」


なぜ泣いているのか見当も付かないけれど、カナタはそっと、あいている腕を震える背中にまわした。
そのまま、ポンポン、とゆっくりたたく。なだめるように、言葉を乗せて。


「おにい、ちゃん……」


時折、そう嗚咽をもらす背中を、不思議な思いで見る。
もう二度と、呼ばれることはないかと嘆いていたのに。

ひとまず、まだミナはカナタを兄と思ってくれているらしい。

安堵とも後悔ともつかぬ複雑な気持ちを噛み殺し、カナタは弱々しく泣くミナに優しい言葉をかけ続けた。


……しかし、一体どうしたというのだろう。


さっきのカナタの言葉を聞いていたら、こうして追ってくることはないはずだ。
あんな、ひどい姿。
嫌うに決まってる。

ならば……昼寝から起きたばかりの身で、ここまで取り乱すなんて……怖い夢を見た、というわけではあるまいし。


「……ミナ、さっきのオバサンに何かされた!?」


寝ぼけていて見られずに済んだのかも、という期待の湧いた胸に、嫌な予感が走った。

ミナが落ち着いて話せるようになるまで待とう。
思った矢先だった。


もしや。


浮かんだ疑念を抑えることができず、思わず叫ぶ。

息子が思い通りにならなかった腹いせ。
あの人なら可能性は大いにあった。


許せない。


フツフツと怒りが、再びこみ上げる。


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