ひねもす月
ふいに、気づく。

自分のことばかり考えて、ミナの気持ちを踏みにじっていたことに。


兄への愛情。
それは、ミナを支える想い。

必死でカナタに縋って自分を保ってきたミナの、命綱。
兄を嫌っては……例え、嫌いになりかけたとしても……好きでいなくては、9年の眠りから覚めた心が今度こそ死んでしまう。


一緒にいて幸せなはずだ。
カナタは、そう決めつけて。

その危うさを知ろうとせずに。


時を止めていたのだ。

突然動きだすエネルギーはいかほどのものだったろう。

思い出をねじ曲げる代償は……どれだけの痛みを伴うのだろうか。


いつも笑顔だから、つい、忘れてしまった。
その裏に背負った、暗い陰を。


「ミナ……。カナタ、だよ」


ミナを苦しませた男の名は。


なんだかんだ言っておいて、結局、カナタも母と同じだった。

自分本位。

自分の辛さにしか気づけない。


ここにいてはダメなのは、カナタの方だ。


うちに、帰ろう--。


これ以上、ミナを傷つける前に。


「言ってみて。『カナタ』」


これで。

踏ん切りがつく。

最後の我が儘。


ダメだ、と叱る理性を、欲求が乗り越えた。


ダイチの名を汚したくない思い。それと……。


--オレを、見て。


痛いくらいに想った。


カナタの名に、いいイメージなんか残らないだろう。悪いヤツだ。最低だ。
それでも、知っていて欲しい。


ミナと離れよう。そう決めたとたん、想いが溢れて止まらない。


ごめんね。最後まで、ミナの心を思いやれない。
なんてひどいヤツなんだろうね。


けど、どうせ最後ならば。
そんな不遜な理由で、開き直る。


「ダイチじゃない。カナタ、だよ」


そいつは最悪なヤツだけど。本気でミナを大切に想ってた。

できることなら覚えていて。

ミナを守りたいのは、ダイチだけじゃないのだと。


ミナと過ごした時間、カナタは、本当に幸せだった。

その日々は、決して消せない。


だから一度でイイ。
認めて欲しい。
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