ひねもす月
「カ……?」


泣きはらした瞳をあげたミナは、不思議そうにカナタを見上げる。

濡れた頬をシャツの裾で拭ってやりながら、カナタは、今更、愛しさで胸が張り裂けそうな自分に気づいた。


ミナが、好きだ。


はっきり、思う。


家族として。
一人の女の子として。


区別なんか、どうでもいい。

ひたすらに、好きだと思う。


これ以上の感情を、カナタは知らない。

熱く、優しく、切なく、烈しい。


愛とか恋とか。そんな言葉で表したくない。


「カ、ナ、タ。オレの名前だよ」


「カ、ナ……タ」


たどたどしく言って小首を傾げる。

喋らないだけ。ミナは、きっと、その気になれば、どんな言葉も言えるはずだ。
根気よく、繰り返す。


ミナに、カナタを刻み込みたい。


「そう。上手だよ」


「カ、ナ、タ」


柔らかそうな唇が、音を紡いだ。


「そう!!いいぞ!」


褒めてやると、嬉しそうにニコッと笑い、口の中で「カナタ」と呟く。


「カ……ナ、タ。カ、ナ、タ。カナタ」


何を言わされているか、わかっているのだろうか。

褒められたのがよほど嬉しいらしく、ミナは頬を上気させながら、カナタに向かって名を呼び続けた。


「消せるもんか」


この気持ち。
もしこの先、ミナがカナタを忘れ、夢の世界に帰ることがあっても。
騙された、とカナタを憎む日が来ても。


小さな呟きは、自分の耳にさえ届かない。
けれど。




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