ひねもす月
取り柄のない、平凡なカナタからすれば、眩しいばかりの才能。
なのに、その才能は、彼女の人生の半分を、生け贄として要求していた。

描き続けたからこその、素晴らしさ。

飽きないことが才能だと言うのならば、さらにそれは、ダイチの死というこの上なく大きな犠牲の上に成り立っている。

ミナは飽きないのではなく、飽きることができないのだから。


9年前の、あの日。


誰よりも大切な兄を亡くし、ミナは心の均衡を失った--。


進むも、戻るも、何もない。
ただ、生きていた日々。
ダイチが褒めてくれた、絵だけを支えに。


「すぐ夕飯できるからね」


スケッチブックの置かれた庭に面する部屋に向かう途中で、祖母が台所から顔を出した。

深く皺の刻まれた、柔和な顔立ち。
二人の孫を世話する老婆の姿は、幸せそうにも、健気にも見える。


--あれは鬼よ。


カナタが母から聞いていたイメージとは、どこをどうとっても、重ならない。


「今日はハンバーグだよ」


厳しくて完璧主義だったらしい祖母。

その教えのせいか、カナタの母には、周囲に完璧を求める悪い癖がついていた。
自身も完璧を目指す。でもそれ以上に、自分の子が完璧ではないことが許せない。


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