ひねもす月
終 天色 存在の価値
「ただいまあ」
バックで庭先に車を止めると、開けっ放しの玄関に声をかけた。
「あち……」
ドアをちょっと開けた瞬間から、焼けつくような熱気だ。
快適な車内を覚えている体が、とたんに不快を訴えた。
はぁ、と息をつき、軽く気合いを入れると、カナタは灼熱のボンネットを回り込む。
水溜まりはすっかりなくなり、朝方までの大雨が嘘のようだ。
「おかえり。早かったね」
縁側から顔を出した祖母は、目尻の皺を深め、穏やかな笑みを浮かべる。
昨夜は節々の痛みに悩まされていたのに、今はすっかり顔色もいい。
きっと、このくらい乾いた暑さの方が調子いいのだろう。
「お疲れさん」
言って、ちょうど準備している最中だったらしいスイカの一切れを、掲げて見せる。
「冷えてはないけど。切ってるからね」
「やった。すぐ行く」
炎天下の墓参りでヘトヘトだ。
瑞々しい赤に、喉が鳴った。
「はい。どうぞ。気をつけて降りて」
助手席のドアを開けながら、中に優しく声をかける。
「ミナの好きなスイカがあるって」
手慣れたエスコートににっこり微笑み、白い足が、静かに、地面へ降り立った。
「疲れた?」
問いかけに、応えが返ることはない。
ただ、ゆったりとした微笑みのみ、ある。
「……あれ?ミナの帽子、どこやったっけ」
玄関へと消えていく後ろ姿を見送り、カナタは後部座席をゴソゴソさがした。