ひねもす月
だけどミナには、そんなことはわからない。


ただ、二回も兄を失い。

悲しみがついに、心を壊した。


だから……カナタは甘んじて、その現実を受け入れた。


無視と忘却。

罪人への、重い仕打ちを。


身を裂かれるようなカナタの心は、きっとそれでも、兄を喪ったミナの痛みの、半分にすら値しない。


「あ、そうだった」


卓袱台の上の皿を片付けていて、ふと、思い出した。


「ミナぁ」


気づくかな。

試しに、名前を呼んでみる。

まぁ、反応がないのはいつものことか……。
カナタは、皿を下げると、壁際に置かれていたビニール袋を持って歩き出した。


袋の中には、真新しいスケッチブック。

買ったのに、つい渡すのを忘れてしまった。


「入るよ」


襖をノックし、ガラリと開ける。


開け放った雨戸から燦々と太陽の降り注ぐ部屋は、いくら風が通るとは言え、ほとんど温室状態だ。

案の定、ミナは汗をかきながら古いスケッチブックの裏表紙に絵を描いていた。


「あ~ぁ」


思わずカナタの口元に苦笑いがこぼれ出る。


「ホント、すごいよね」


扇風機のスイッチを入れてから、新しいスケッチブックを「ほら」と差し出す。


買い忘れると襖にまで描き出してしまうから、裏表紙で済んだのは、ラッキーだった。


「こっちに描いてごらん」


のっそりと受け取るミナを促して、カナタは古い方を手に取った。




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