ひねもす月
「やった。ミナの絵、見たらすぐ行くから」


完璧を目指すよう強いられ、歯を食いしばって努力するのに、何も得られず。
叱責と蔑みだけが積み重なって行くようで……。

結果、平凡で人並みにしか物事をこなせないカナタは、心の平穏を失った。


「茶碗運ぶのはやるから置いといて」


自信、なんて欠片もない。

自我……なんて、探しようもない。


言われた通りやってきたのに。
すべて、うまくいかなかった。

……誰の、せいで?


吹き上がるのは人間不信。
溢れ出るのは、暴れ出したい、強い衝動。


自分への嫌悪と、破壊の欲求。

何もかも、壊れてしまえばいい。


「はいよ、ありがとうね」


不登校になったあげく部屋に引きこもり、都会でも家族の中でも生きていく道を失った孫を、祖母はどう思っているのだろうか。
高校3年生にもなって、突如、転校することになった厄介者だ。


匙を投げた両親から、田舎へと預けられることが決まった時、カナタは何より祖母の反応が心配だった。

あの母を育てた人だ。

そう思うと、さらに憂鬱な日々以外、思い浮かべることはできない。


「あぁ、手ぇ、きれいに洗うんだよ」


まるで幼稚園児に話しかけるかのような、優しく穏やかな言葉。

見た目通りの、いいおばあちゃんだ。


「はぁい」


孫可愛さ、か。
母は今頃ほぞを噛んでいるかもしれない。

しかし……きっと、それとは別に、祖母は変わらざるを得なかったのだと思う。


息子夫婦を天災でなくして。
遺された幼い兄妹を育てるために。


「美波もだよぉ」


さらには、交通事故で兄をなくした、最後の内孫を守るためにも。


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