Paradise Jack
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桜海町の名に相応しく、春を待ち膨らませた桜の蕾は満開に咲き誇り、町全体が薄いピンクで彩られている。
ナナの夢を聞いた日から今日までの1ヶ月。わたし達は、いっそわざとらしい程に変わらない日常を過ごした。
ただ、ちいさな変化があったとすれば、ナナの首には隠すことなく一眼レフがぶら下がったことと、わたしが自分が書く小説について口にするようになったことくらいだ。
「…トランクひとつで海を渡れるなんて、君は充分自由じゃないの、ナナ」
シンと静まり返った部屋を、煙草を咥えながら見渡した。