Paradise Jack
「薫子さん、こんにちわ」
「…久し振りね、シュウちゃん。ナナちゃん、部屋を出たのね」
「はい。今頃、イタリアで武者修行してるんじゃないかなぁ」
「ふふ、そうなの?でも、寂しくなるわねえ」
そう言いながらふと、視線を落とす。
そして驚いたように一冊を手にしてわたしの顔を見た。
「"夜明けの銀"…、小林秀宇って、もしかして」
「…はい、あの…」
「シュウちゃん、作家さんになったの!?」
声を上げる薫子さんに思わずシーっと人差し指でジェスチャーする。わたしは彼女の手からそれを取り戻してもとの位置に戻した。
「なっていません」
「え、…でも」
不思議そうな顔をする薫子さんに、わたしは小さく首を横に振った。
ナナは、わたしのことをたくさん褒めてくれた。それだけで充分だった。これは、誰のためでもない、ただの自己満足のかたまりで。
誰の心にも留まるはずないことなんて、わかっていたのに。