Paradise Jack
「初め…る…だね」
大音量で鳴り響くダンスミュージックに、男の声はよく聞こえない。「何?」そう口にすれば、男は俺の耳元まで顔を近づけてきた。
「初めて見る顔だね。君みたいな綺麗な子、ここでも滅多にいないよ」
「…ありがとう(男だけどな)」
「背、高いね。モデル?」
「違う。イベントのコンパニオンをしてる」
「へえ、君がいたら盛り上がるだろうな」
薄暗い室内で男の顔はよく見えないが、おそらく30代半ばくらいだろう。
伸ばしっぱなしの無精髭に、皺のついたシャツ。仕事明けに直接酒でも飲みに来たのだろうか。
「名前なんていうの?」
「あなたは、」
「あァ、ごめんね。僕から名乗るのが筋ってもんだ。僕は、木本巧。近くの出版社で働いていてね。やっとひと段落ついたところだ」
"出版社"という言葉に、内心どきりと心臓が鳴るも、平静を装いながらカクテルを手の中で転がす。
「…本を作ってるの?」
「そうだよ、編集者なんだ。ねえ、君の名前は?」
「私は…、」