Paradise Jack
シュウは、「しばしお待ちを」と言い残し、上機嫌でキッチンに立ちながら鼻歌を歌っている。
大きな窓枠の下に置かれている、木製テーブルに向い合って座った。桐生が持ってきた紙袋には、どうやら酒瓶が入っているらしい。
特に会話が弾むわけもなく、桐生は床に無造作に積み重ねられている本から、一冊を選んで手に取った。
シュウが所有する本は、貴重な古書、画集、図鑑、様々だが、彼が真面目な顔をしてページを捲るのはそのどれでもない。
漆黒の空と、濃紺の海、それに散るのは銀色の星と漂う波。非常に美しいカバーデザイン。小林秀宇の処女作『海岸線の銀』だった。
「…これも、アンタが担当した作品なのか?」
「そう思いますか」
「いや、きっと違うだろうなと思って」
桐生は、なんてことない風にそう言って、本を元の位置に戻した。
ふわりと湯気が漂うほうを見れば、シュウが両手で鍋を持ち、にこりと笑った。