光の子
「矢楚、旅行、行けなくなったって。さっき、担任に言われた」
「どうして」
「お母さんが、救急車で運ばれたらしいの、昨日の夜中に」
「救急車……事故? それとも」
広香の問いに、木綿子は分からないの、と言った。
「運ばれた病院、どこ?」
広香が素早くそう尋ねると、木綿子は眉を寄せて知也を見た。
促されて知也が答える。
「ここらへんで、夜に救急の対応してるのは市立病院だよ」
広香は頷き、
「私、行くね」と木綿子に言った。
「え!?そんな、広香だめだって」
そう言って木綿子は、広香の腕をつかんだ。
「私も、お母さんが病気になって、柊太の面倒をみないといけなくなったって、担任に言って」
実際、広香の母のうつが悪かった一学期には、広香は柊太の面倒を看るために、学校を休むこともしばしばだった。
きっと、担任は信じるに違いない。
「お願い」
広香は、自分の腕をつかむ木綿子の手に自分の手を重ね、言い含めるように小さく頷いた。
木綿子は、少し迷う様子を見せたが、分かった、と小さく言って広香の腕を優しく放した。
「ありがと」
広香が知也に目をやると、知也はため息混じりに、しかし温かい声で言った。
「ほんじゃ、ま、行ってこい」
広香は、その言葉に背を押され、走って体育館を後にした。