光の子
ただいまと言って広香は玄関で靴を脱いだが、いつもならおかえりと迎えてくれるはずの母の姿も、そして声すらしなかった。
「お母さん?」
広香は呼び掛けながら家の中を探し、最後に母の寝室へ行った。
ベッドに横たわる母をみつけて、広香は驚いて傍に立った。
母が昼から寝込むなど、この家に嫁いで初めてのことだった。
「お母さん、具合が悪いの?」
広香がそう声をかけると、母は広香の顔を虚ろに見上げた。
「赤ちゃんを死なせちゃったわ」
「え?」
「赤ちゃん、トイレに流れてしまった。トイレによ、信じられる?義祖母ちゃんに赤ちゃんはいらないって言われて。義父さんも、嬉しそうでもなくて。
でも、そんなこと、関係ないわね。
お母さんがしっかりしないから、赤ちゃんが嫌になって出ていったのよ」
母は、取り憑かれたように広香に話し続けた。広香には真偽が計れないような話を、執拗に。
母の狂気は口からつぎつぎとこぼれだし、ぬたぬたとまるでベッドサイドに立つ広香の足元にからみつくようだ。
「お母さん」
広香は寒気がして母を小さく呼んだ。
狂気の世界から自分のもとに帰ってきてほしかった。
しかし母は顔を歪めて、まるで熱に浮かされてでもいるように、恨みと悔いをただ娘に吐き出した。