光の子




広香は、矢楚の温かく広い胸のなかで、もう話すべき言葉がないことに気付いた。



どうすることもできない哀しみが、ただ二人を包んでいた。




「矢楚、キスして」




矢楚は、腕を緩めて広香を見た。


深い心の傷が、その目からのぞいていた。


まぎれもなく、広香が切り裂いた傷が。




「いやだ。別れのキスなんか、しないよ」



かすれた声が、花を揺らす風の中で淋しく響いた。



広香は、そっと矢楚の顔を両手で包んだ。




「矢楚。私、矢楚のこと、すごく好き。
だから、私が、きれいな気持ちでいられるうちに、別れるね」




広香は、矢楚のくちびるに、そっとくちづけた。



くちびるさえ、矢楚は広香より大きくて。

そのすべてをキスで埋めようと、広香は小さなくちびるで何度もくちづけた。




矢楚は哀しみと苦痛に耐えるような表情で、
目を閉じてただ広香のするままにされていた。




広香からのさよならを、矢楚は受けとめたのだと、広香は思った。




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