光の子
速度
「矢楚、今日も放課後、あの広場に行く?」
広香は机につっぷしたまま、隣に座る矢楚に聞いた。
白いうなじとセーラーの襟元から、チラリと鎖骨がのぞいていた。
それだけで、矢楚は心臓を拳で殴られたように苦しくなった。うっと息を呑んだ不自然な声で矢楚は答えた。
「あっと、うん、クラブへいく前に、少し、寄るよ」
広香は机に置いた腕に顔をのせ、隣に座る矢楚を見つめてくる。
教室にあふれる光が眩しいのか、少しぼんやりとした表情だ。
「よかった。今日、柊太(しゅうた)を散歩させながら、練習見に行っていい?」
柊太は、二年前に生まれた広香の弟だ。
広香はこの半年くらい、柊太を連れて矢楚の自主練を見にきていた。
「だめ」
矢楚は思わずそう言っていた。
「え?だめ?」
矢楚の返事が意外だったのだろう、眠そうだった広香の目に、チカリと光が入る。矢楚は、うっかり本音を口にしたことをもう開き直る以外になかった。
「柊太、最近チョロチョロ動き回るからね、邪魔」
広香は、たしかに、という表情を浮かべてうなずいた。
「そうだね、柊太、矢楚に懐きすぎてまとわり付くようになったしね」
「広香、ひとりで来てよ」
それはするりと出て来た。だから矢楚は、ゆっくりと、まるで注ぐように広香の目を見ることができた。
一瞬、広香の瞳の中に、まだ矢楚が見たことのない、感情の揺らめきが見えた。その時だった。
「ひーろか。やそ〜。」
教室の入り口から木綿子がそう呼びかけ、知也と共に矢楚と広香の席に向かってきた。
二人をシャボン玉のように包んだ、かすかなときめきが、一瞬で弾けて消えた。