光の子
「矢楚」
アプリコットジャムみたいな色のワンピースを着た広香が、駆け寄ってきた。
広香が夕暮れを連れてきたみたいに、青い空に浮かぶ雲がワンピースと同じ色に染まっている。
「似合ってるね、それ」
可愛らしい膝小僧が見える丈の、シンプルでクラシカルなデザインだ。清楚な広香にぴったりだ、と矢楚は思う。
「ほんとに?ありがと。子守から解放されて、嬉しくて。おしゃれしちゃった。こんなとこに座るのにね」
矢楚は、広香が指差した芝を見ると、何も言わず、羽織っていたウィンド·ブレーカーを脱いで足元に広げた。
「矢楚!いいよ!」
広香は、慌てて矢楚の腕に手をかけた。
「いいから、座って。もう敷いちゃったんだから遠慮しないの。いいカッコさせてよ」
それでもためらう広香に微笑んで見せると、矢楚はさっさと座ってしまった。
「ありがと」
広香もターコイズ色のウィンドブレーカーの上に遠慮がちに座った。
「広香、お母さん怒ってなかった?弟置いて出ること」
「ん……お母さんも、いつも私に柊太をみせてること、悪いと思ってたみたいで。だから大丈夫、短い時間なら」
短い時間、そう言われて、矢楚が小さく驚くと、広香はとても残念そうに頷いたた。
「最近ね、柊太がイヤイヤの時期に入っちゃって」
「いやいや?」
「何を言っても『イヤ!』って反抗する時期のことなんだけどね。お母さん、私が学校に行ってる間だけでも、柊太と二人きりでいるのが辛いみたいなの。
ここ一年くらいは、うつの症状も軽くなって、薬も飲んでなかったけど。また少し、ぶり返してる」