光の子

家への帰り道。


手を引いていた柊太が、突然立ち止まり、広香を見上げて言った。


「ひろか〜、しゅうね、行きたかった」


「ん?どこに行きたかったの?」


「やそ!」


「あ、そうだよね、矢楚に会いたかった?」


「いこう!やそにいこう!!」


広香は、しゃがんで柊太の目を見て諭(さと)した。


「矢楚ね、いま、足ね、痛い痛い、なの。柊太に会えないって」



「いや!いま、いく!!」


ギアが入ってしまった。



「やそがいい!やそにいく!」           


柊太は、フルパワーで泣き叫びだした。


「今日は、ほら、もう夜だよ、暗いでしょ。もうすぐ、おばけの時間だよ。怖いから帰ろう」


広香の手を振り払い、バタバタと全身で抵抗する。


どうしよう。自分の考えに執着しだすと、完全に混乱して周りの声が聞こえなくなる。


ガードレールのある歩道とはいえ、取り乱した柊太が今にも車道に飛び出しそうだった。


以前にも、公園からの帰りに柊太のイヤイヤがはじまり、道へ飛び出して自転車に跳ねとばされそうになったことがある。


広香は、冷や汗が出てきた。

最悪の事態を防ぐために、柊太の上着の裾をつかみながら、
ジュース買おうか、
お母さんが待ってるよ、
などと声をかけて気分を変えようとはかった。



広香と柊太、二人分の荷物に加え、木綿子の母が持たせてくれた手料理もある。
無理に抱えて連れ帰ることができない。



アパートは、すぐそこなのに。

途方に暮れたその時、




「こーら、柊太!」



大きく張りのある声が響いた。
振り返らなくても、誰の声か、すぐわかった。



「おと〜さ〜ん!」




柊太がその声の主に、泣きながら抱きついていった。



< 69 / 524 >

この作品をシェア

pagetop