光の子
家への帰り道。
手を引いていた柊太が、突然立ち止まり、広香を見上げて言った。
「ひろか〜、しゅうね、行きたかった」
「ん?どこに行きたかったの?」
「やそ!」
「あ、そうだよね、矢楚に会いたかった?」
「いこう!やそにいこう!!」
広香は、しゃがんで柊太の目を見て諭(さと)した。
「矢楚ね、いま、足ね、痛い痛い、なの。柊太に会えないって」
「いや!いま、いく!!」
ギアが入ってしまった。
「やそがいい!やそにいく!」
柊太は、フルパワーで泣き叫びだした。
「今日は、ほら、もう夜だよ、暗いでしょ。もうすぐ、おばけの時間だよ。怖いから帰ろう」
広香の手を振り払い、バタバタと全身で抵抗する。
どうしよう。自分の考えに執着しだすと、完全に混乱して周りの声が聞こえなくなる。
ガードレールのある歩道とはいえ、取り乱した柊太が今にも車道に飛び出しそうだった。
以前にも、公園からの帰りに柊太のイヤイヤがはじまり、道へ飛び出して自転車に跳ねとばされそうになったことがある。
広香は、冷や汗が出てきた。
最悪の事態を防ぐために、柊太の上着の裾をつかみながら、
ジュース買おうか、
お母さんが待ってるよ、
などと声をかけて気分を変えようとはかった。
広香と柊太、二人分の荷物に加え、木綿子の母が持たせてくれた手料理もある。
無理に抱えて連れ帰ることができない。
アパートは、すぐそこなのに。
途方に暮れたその時、
「こーら、柊太!」
大きく張りのある声が響いた。
振り返らなくても、誰の声か、すぐわかった。
「おと〜さ〜ん!」
柊太がその声の主に、泣きながら抱きついていった。