光の子



「良かったね、お母さん」

「うん…。
ね、部屋、片付いてるでしょ」



「ほんとだ。無理したね」


「ううん。広香が柊太を散歩させてくれたから、楽だったよ」



産後うつの症状で、母は部屋の片付けなど家事ができなくなっていたが、
ここ最近、薬を再開してからは、元気な時間も増えてきた。


精神的に高揚して、張り切りすぎて後で疲れることも多かったのだが。    


時計を見ると、七時半を過ぎたところだった。


あれ、まだそんな時間。

矢楚と別れてまだ一時間も経たないなんて。

矢楚、今頃、クラブで練習してるのかな。


今日の矢楚の声や眼差しが蘇り、広香は、胸が締め付けられるような、それでいて甘い喜びに胸が震えた。

矢楚に会いたい。


どうしちゃったんだろう。さっき別れたばかりなのに。


母の幸せそうな背中を眺める。風呂場からは柊太の楽しそうな声も聞こえてきた。

そう、今なら、健人もいる。
自分がいなくても心配ない。


急いで行けば、クラブで練習する矢楚に、少しだけ会えるだろう。      

少しだけ、走れば。
少しだけ、急げば。



行きたい。今夜のうちに、もう一度、矢楚の顔をみたい。
どうしようもなく、胸の奥から、焦りにも似た感情が突き上げてくる。


会いに行こう。



< 72 / 524 >

この作品をシェア

pagetop