光の子
春の兆し
ついさっきまで、世界を貸し切りにしたみたいに、矢楚と静かな朝を楽しんでいたのに。
矢楚と別れて家路につく頃は、町はすっかり目覚めて人々の生活で溢れている。
広香は夢から覚めたような気分で、アパートへの道を急いでいた。
「広香ちゃん」
呼び止められて、はじめて気付いた。
広香がたった今通り過ぎたバス停のベンチに、梶原健人が座っていた。
ベンチが狭く感じられるほど大柄な健人なのに、気付かなかったなんて。
矢楚と過ごした時間の余韻で舞い上がってたのかな、と広香は思った。
「え……。健人さん」
「待ち伏せしちゃった」
梶原健人は、そう言って微笑んで、
ベンチから立ち上がった。