椿戦記
綺麗な衣を買ってやればもっと喜ぶだろうと思っていた李漢は、内心、がっかりした。
椿の選んだ衣はすべて男物の地味なもので、いくら女物の衣を選ぶよう説得しても、頑なに受け付けなかった。
トマがいくつか女物の衣も選んで持たせてくれたが、どうやら椿は、衣装や装身具にあまり心を引かれないらしい。
椿はもともと無口なようで、街に着いても、李漢の側を離れず、ただ黙って露店の店先に並んでいる商品を、物珍しげに眺めているだけだった。
餅を油で揚げる香ばしい香りのする露店の前で、李漢は立ち止まった。
「アチサ(花餅)を買って帰ろうか」
アチサはこの辺りでよく好んで食べられている甘味だ。
蜂蜜を練り込んだ餡を、雑穀を芋で練った餅で包み込み、油で揚げる。
シュナの好物でもあったため、李漢は街に行くと、必ずアチサを土産に買っていくことにしてた。
「適当に包んでくれ」
李漢が店主と少々立ち話をして、包みを受け取ると、椿の姿が見えなかった。
(どこへ行った…)
急に不安になりながら辺りを探すと、書物を扱う店の前に、椿の姿が見えた。
「…椿」
声をかけると、椿はびくんと肩を震わせ、勢いよく振り返った。
「すみません!」
李漢は椿の手にしていた書物を手にとった。
椿の手にしていた書物は高等数術に関する学術書だった。
「お前…こんなもの読めるのか?」
椿は頷いた。
「文字は誰に習った?学舎に通っていたのか?」
「学舎には通っていません。文字や学術を教えてくださったのはお祖父様です」
李漢は目を剥いた。
師はわずか八歳の女の子に、なんという高等教育を施したのだろう。
泰国の一等上級学舎でも、十六歳の学童が学ぶ内容だ。
それを余すことなく自分の能力として取り込んでいる椿が、化け物のように思えた。
(この子は天才だ)
李漢は目眩を覚えた。
「…お前は、こういう書物が好きなのか?」
「はい」
李漢は椿をじっと見つめていたが、やがて、頬を緩めた。
「三つまでだ。好きなものを、三冊まで選べ」
椿は驚いたように顔をあげ、それからじっくりと書棚を物色し、ずいぶん迷っていたようだが、書物を三冊抱えてきた。