椿戦記

 李漢は、幼い娘の寝顔を見ていた。
せわしなく、浅い呼吸を繰り返しているが、身動き一つせずに、もう三日も寝たままであった。
ときどき無表情のまま涙を流すこともあるが、それでも目を覚ます気配は一向に見られない。

 娘の着ていた衣は、この国の女達が着る衣とはだいぶ形が違う。

 この国の国境には、死海と呼ばれる、広大な砂漠がある。
彼女の纏う衣は、その死海の果て、豊かな土地と近隣の国々との交易で栄える西の大国、それは李漢の故郷でもある、泰国(タイノクニ)の衣によく似ていた。

それが不思議でならなかった。
死海は危険な生物が多く住んでいる。
“人食い”と呼ばれる砂漠の民もいる。
多少の幸運で、簡単に越えられる場所ではないのだ。
それなのに、こんな幼い娘が、いったいどうやって死海を渡って、このアショ国まで来たのか。

 李漢は娘の衣からわずかに覗いていた手紙に手を伸ばした。
ずっと気になってはいたものの、人様の手紙を勝手に見ることに躊躇い、そのままにしていたものであったが、さすがに当の娘が三日もこの状態ではいつ死んでもおかしくないのである。
重要な文であるなら、なおさら確認せざる得ないような気がした。

 手紙を手に取った李漢は衝撃のあまり、絶句した。
表に表記されている宛名は間違いなく自分であり、裏返して差出人を確認すれば、見覚えのある達筆な字で名が記されていた。

“椿孝達”

 李漢は震える指先で手紙を広げた。

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