Door

さよならの雨

『ごめん、他に好きな人、いるんだ。』

飲みかけのコーヒーを置くと
彼は優しく私に話かけた。

「え、正樹?それ、どういうことなの?」

何も音のしない部屋。
外から降り続いている雨の音だけが、サーっと響いていた。
静かでもなく、うるさくもなく。

『ごめん、愛子。』

数分なのに、時間の速度が遅すぎる。
沈黙を打ち破るために私はもう一度聞いた。

「…どうして?」

正樹はまっすぐ私を見る。とても真剣な目で。

『愛子と付き合う前にずっと好きだった奴がいて。
だけど彼女はいつも違う奴のこと見てて。
だからずっと見守っていたんだけど
彼女が…もう、ほっとけないんだ。…ごめん。』

こんな真剣な目で話されちゃったら
もう、何も言えないよ。
そして私はもう一度口を開いた。

「…うん、わかった。」

それだけ言うと、私は残っていたコーヒーを飲み干した。

「あはは、なんか私、バカみたい。
こんな真剣になっちゃって
しかも今まで気づかなくって
振られて当然だっつーの。

幸せにして、あげてね。」

私はできるだけの笑顔を作って言った。

気づかないように、気づかれないように
ずっと目に涙をためていたのに
この時、右の目から抑え切れなくなった涙が一筋、こぼれた。

「…愛子、ごめん。お前のことは愛していけるって思ってたんだ。」

コーヒーを飲み終えた彼が
私を抱きしめる。壊れたモノを優しく包み込むように。

私はその腕の中で、余計に溢れてきた涙をただ、止められずにいた。

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