風に揺蕩う物語
恥ずかしげもなくそう話すアスラをよそに、ムーアは後ろで小さく舌打ちをする。

いきなり手に口づけをされたシャロンは、驚きの表情を浮かべつつ体が固まったかのように身動き一つしない。その様子を見たアスラは、シャロンに気づかれずに意味深な笑顔を見せると、そのまま畳みかける様に口を開く。

「シャロンさんには私の感動が少しでも伝わっているでしょうか?いいえ伝わってないでしょう。この胸のときめきがそんな簡単に伝わるほど、小さいものではありませんから。例えるならそれは、天から降り注ぐ雷鳴にも似た衝撃。いま私の体は、雷鳴に焼かれ悲鳴を上げているのです…どうかシャロンさん。この胸の苦しみを貴女の甘美なる癒しで治して頂けませんでしょうか?」

「あの…私は……」

握られた手を引くに引けないシャロンは、戸惑いを見せながらヒューゴに視線を送る。ヒューゴも最初は黙って見ていたが、流石にやり過ぎだと思い初め、一歩前に足を踏み出した時。

ムーアがぼそっと口を開いた。

「それ娼婦の女にも同じこと言ってたよなアスラ」

ヒューゴはこの時、何かが割れる音が聞こえた気がした。

シャロンも目の前のアスラの何かが壊れた気がしていた。

「ムーア…お前」

「事実だろ。俺は目の前でそれを見た。いやだねぇ…女遊びが過ぎる男は」

お手上げの姿勢をしながらそう言うムーアに、顔を顰めながらアスラがムーアに詰め寄る。

「せっかく良いところだったのにてめぇはっ!」

「何が良いところだよ。シャロンちゃん困ってたじゃねぇか。俺は彼女がお前の耳障りな話に困っているところを助けただけだ」

いよいよもめ出した二人の様子を茫然と見ていたシャロンだが、ヒューゴが一回手を叩くと、二人は胸倉を掴みあった状態でヒューゴに視線を送る。

「二人とも目立ち過ぎ。僕知らないよぉ…軍を除名されても」

改めて二人が周りを見回すと、来賓の貴族の方々が不審な目をしながら二人を見ていた。その様子を見てすぐに自分の置かれている状況を察した二人は、演劇の役者の様な変り身を見せる。
< 77 / 200 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop