風に揺蕩う物語
「ここにゴミが付いてるぞムーア。ホントお前は身だしなみがなってないなぁ」

「お前こそ服が綻んでいるそアスラ。ほんとしょうがない奴だ」

ニコニコしながらアスラとムーアは、お互いの身だしなみを整えはじめた。そして実に仲の良い友達同士の様な様子を見せながら、笑い合う。

「流石に百戦錬磨の二人だね。凄い速さの変わり身だ」

この二人が見せるワザとらしい演技は、見ている者に諦めと憐れみの二つを植え付ける事が出来る技術だ。どこか憎めない要素を持っている二人だからこそ、今の地位までのぼってこれたのだろう。

「当然だ。これでも叩き上げでここまで来たんだからな。日頃の鍛練があってこその成果なりだ」

「己を律する事から始まるのが騎士道だが、周り回って一回転したこの心得こそ究極の騎士道だ。まさに原点回帰。ヒューゴも良く覚えておくことだな」

回っちゃ駄目でしょ。つまり元通りに戻る事を意味してるんだし。

原点回帰って言っちゃってるし。

「ほぉ…お主らはもうワシの教えを昇華させるほどの心得を持ったという事か。元担当上官としてこんな立派な部下を持って誇らしいのぉ」

あらら。

「ギルバート先生っ!」

「まずいぞアスラ。これは非常にまずい…リオナスの試合見れないかもしれん」

やはり大きい図体をしているギルバートは、歩くたびに宮殿が呻いているのではないかというほど、ずっしりと地面に食い込むように歩いてくる。

どうやらご機嫌麗しくないようである。

「安心しろ。陛下の御前で醜い姿を晒させる訳にはいかんからな。楽しみは後に取っておいてやる」

ギルバート殿の視線が鋭い。平素見られないほどに…。

「まずい…あと数年もすれば三十になるのに、部下の前で説教を受ける羽目になりそうだ」

「…作戦を練るぞムーア。説教で済めば良いが、鉄拳制裁だけは何としても避けねばならん。俺が命を落とせば、エストール王国に住まう淑女の人生を台無しにしてしまう恐れがあるからな」
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