好きです。
近いんですけど。

とは、さすがに言えなくて、あたしは目の前にいる藤原くんの整った顔を見たまま、固まってしまった。

長いまつ毛に、キラキラした黒い瞳。

柔らかそうな髪は、風になびくとサラサラ音が聞こえてきそう。

動けないでいると、藤原くんはさらに続けた。

「答えたら?」

顔に似合わない素っ気ない声。黒い瞳が、早く答えろと言っているようだった。

でも、あたしは答えられなかった。

だって、撮ろうと思って撮ったわけじゃない。それに、裏庭に藤原くんがいるなんて思いもしなかったから。

動けないでいると、「みゃぁ」足もとから鳴き声が聞こえた。

その声に、藤原くんが一歩下がると、その場にしゃがみこんだ。

「出てきたらダメだろ?」

あたしはしゃがんだ藤原くんを見た。

足もとに、白い子猫がちょこんといて、まるい大きな澄んだ瞳で藤原くんをじぃっと見ていた。

子猫の頭をやさしくなでて、藤原くんは子猫を抱えて立ち上がると、よしよしと声をかけた。

またあの笑みだ。

じっと見ていると、藤原くんが猫からあたしに目を向けた。

「このこと、先生に言う?」

子猫は首輪をしていなかったから、ノラだ。

藤原くんは困った声で、「言うの言わないの? どっち?」不安そうに聞いてくる。

告げ口するのか聞かれても、困るよ。

だけど、もし先生にこの子猫がいることを伝えたらどうだろう。

現実を考えれば、きっと保健所に連絡すると思う。

飼い主が見つかればいいけど、最悪の場合、殺処分だ。

そんなひどいこと、できる? 

できない。

それに、子猫は母猫とはぐれちゃっただけかもしれない。

たまたま、この裏庭に迷い込んだだけかもしれない。

小さな生き物を見つめて、あたしは首を横に振った。

あたしの返事を見て、藤原くんは安心したみたい。

「ありがとう」

子猫を抱えたまま、藤原くんは笑顔を見せた。

その笑顔にあたしは驚いたし、思ってしまった。


笑うと、いい顔するんだね、と。

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