駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
山南に笑いかけられた矢央は、引き吊りながらも笑顔を返した。
「…さあ、もう夜も遅い。 早く部屋に戻りなさい」
「は、はい。 あの、山南さん?」
先に部屋を出て行った永倉の後を追ったが、途中で立ち止まり振り返る。
山南は既に背を向けていた。
「明日も、お茶いれますね」
「……ありがとう」
「あの…山…」
「矢央君」
山南は、矢央をあまり名前で呼ぶことがなかった。
たいがい君と呼ぶ山南が名前で呼ぶのは、彼が大切な話をする時だと知っていた。
矢央は胸に置いた手をギュッと握り締めた。
「女子は笑顔が一番です。 ここにいる血にぬれた男達を、矢央君の笑顔で癒してあげて下さい」
「ど…うして、そんな…」
ほわり、と、微笑みを浮かべるその顔は、笑顔とは程遠い。
「君の笑顔が救いだったよ。…おやすみ、矢央君」
「やまっ…」
背中を向けていた山南は立ち上がると、矢央を部屋の外へと押しやりピシャリと障子を閉めてしまった。
閉め出された矢央は唖然と立ち尽くしていたが、永倉の存在を思い出して振り向いた。
が、そこにいなければならないはずの見張り役の永倉は、忽然と姿を消していた。
(永倉さん……)
言いようのない不安を胸に抱えたまま、今日という日は終わりを迎えた――――――
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