駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
隣に座った熊木は、矢央とは全く面識がない。
幹部の中の数人と、怪我人の隊士くらいしか知らない矢央は、完治した中に熊木がいたかと記憶を辿ってみたが、やはり面識はなさそうだった。
「あの熊木さんは、どこの隊の方ですか?」
「五番隊です」
五番隊は、確か武田観柳斉という男が仕切る隊で、矢央とは完全に関わりがなかった。
軍学に優れている武田を近藤は重用していたが、それは新撰組としてで、一人の人間としては少しどうかと思うところがあるのだ。
何故なら、腰を低く誰にでも媚を売り、男色があることが尚矢央に悪影響を与えそうだと、土方等は極力関わるのを避けたがった。
その武田の隊の者が、矢央に話しかけてくることは珍しく、何か目的があるのやもと思いたいところだが、
元々人を疑う事を知らない矢央は普通に接してしまうのだ。
「武田さんのとこですか。 私はあまり関わったことがないですけど、武田さんってどんな人ですか?」
「隊長は、そうですねぇ。 言うなれば、ずる賢い狐に憧れるどんくさい狸と言ったところですかね?」
「?」
つまりそれは、狐のようなのか狸のようなのか。
……よくわからない。
困っていると、クックックッと喉で笑う。
「貴方は美しい」
「えっ!?」
ボッと、顔に熱が広がる。
「と思えば、今のように愛らしい姿を見せてくれる。 それはとても危険ですよ? 僕の隊ではね」
「は、はあ…。 なんで?」
「ふふふ。 それはね、隊長は男が好きな男だからですよ。 時々、貴方を見ては熱い息を吐いていらっしゃる」
「ふうん」
「……それだけ?」
予想していたより反応が薄い矢央に、熊木は笑みを崩さず尋ねた。
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