駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
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一旦仕事の手を休め一息つこうと思っていると、ある人物の気配に器用に方眉を上げた。
暫くすると部屋の前でその人物が止まり、部屋の主である山崎に声をかける。
「山崎さん、薬を処方してほしいのだが」
「薬? どこか体調が悪いんですか、斎藤さん」
了承を得て部屋の中へ入り、山崎の前に胡座をかいて座ると斎藤は胃の辺りを擦りながら苦笑いしている。
表情が貧しい斎藤なしては珍しく気まずそうに笑うので、相当堪えてると見た山崎は直ぐに薬を用意し白湯と共に差し出す。
「斎藤さん、相当疲れが溜まっとんちゃいます?」
「それはお互い様のようだがな」
山崎に斎藤、この両者はどちらかと言えば裏方的な仕事が多く土方に無理難題な用を頼まれる確率が高い。
そのため二人の姿を見かけるのは意外と難しく、こうして二人が顔を合わすのも矢央が襲われた翌日ぶりだったりする。
「今夜の間島の見張り番は斎藤さんやね?」
「ああそうだが」
「それわいが代わりましょ。 年の瀬くらいたまにはゆっくりしなはれ」
斎藤の顔色が良くないのを医者の端くれとしては見過ごせない山崎の言葉に暫し考えた斎藤も、年の瀬くらいというのにそう言えばもう今年も終わりかと湯呑みを見つめた。
「お言葉に甘えても良いかな」
「ええですよ。 それに、斎藤さんは今しか休めんかもしれんでっしゃろ」
さすが監察方。 どこまで斎藤がしている仕事に気付いているのか。
夕方にはまだ届かない時間。 でも、雪のせいで薄暗い部屋を灯す蝋が僅に揺れた。
「不穏な空気に満ちている。 彼はどうするのだろうか……」
「……さあ、それはあん人が決めることでっしゃろ」
自分はどんな答を望むのか。
知るのはただ来る時のため、冷静でいることのみであるーーーー
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ポチャン!
川へ小石を投げ込むと、水の輪っかが幾つも浮かび次第に薄くひろがっていく。
頭上の道を子供たちが楽しげに駆けて行く声は家に向かって急いでいるのだと知り、もうそんな時間かと川から空へと目線を上げた。
雪雲のせいでちぃっとも夕日が見えやしないその空は、それでも藤堂が此処へ来た時よりは薄暗くなっている。
「僕も帰らなきゃ駄目だよなー」
今日は二番隊と共に巡察だった藤堂の隊も、永倉同様に巡察が終わり現地解散となった。
そして藤堂は一人そのまま河原へとやって来て、もう何時間も此処で水の流れを眺めては溜め息を吐くの繰返しだ。
帰る場所ならある。
それは新撰組屯所なのだが、重い腰はなかなか上がらない。
ポチャンッ!
また小石を投げてみる。
そろそろ帰ってやらないと、矢央が夕食の準備をして待っているはずで、帰りが遅くなると可愛らしい笑顔が不安に歪んでしまう。
そんな顔をさせたいわけじゃないんだ。
いつでも笑っていてほしくて、そして自分も笑っていたいのに。
片膝を上げ其処に額を押し当て、ぎゅっと瞼を閉じる。
もう何も見たくなくて知りたくなくて聞きたくなくて、そう自分は逃げたいのだと気付くんだ。
いつからこんなに弱くなったのか、自嘲気味に笑った。
「ふっ、ふははは…はは…」
ーーーねぇ山南さん、僕はもう……。