駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
「そう、じ?」
繰り返してみれば、沖田の顔に花が咲く。
嬉しそうに尻尾を振っているようにも見えてしまうから不思議だ。
「ほらえっと、私は矢央さんを矢央さんとお呼びしてるじゃないですか。 だから、前々から思ってたんです。 矢央さんにも、名前で呼んでほしいと」
「そんなことを? 前々からですか?」
もっと早く言ってくれれば良かったのに。
一応沖田の方が歳上なので、矢央は言われなければずっと沖田のままだろう。
「あ、呆れてません? 私にとっては勇気がいるんですよ? 機会を逃してしまうと、なかなか言い出せないもんですよ?」
ずいずいと身体を前に乗り出す沖田の言い方が、まるで子供が駄々をこねているようだ。
剥れっ面の沖田の頬をツンツンしたら、彼は更に拗ねてしまうかな。
「じゃあ、総司さん」
沖田も矢央を"さん"付けで呼ぶから、これが良いだろうと名前を呼んだ。
すると大きな瞳をパチパチさせて、一瞬固まる沖田は「参ったな」と頭を掻いた。
たかが名前、されど名前だ。
好いた女に笑顔で名前を呼ばれるのが、こんなに心に響くなんて。
「やっぱり好きだなー」
「え?」
「いえ、此処の団子。 好きだなって」
「ああ、そうです、よね」
自分に向けられた言葉かと勘違いするところだったと、今度は矢央が顔を赤くして俯いた。
よくよく考えれば、沖田には以前告白されているんだなと思い、この間の藤堂の告白を思い出した。
沖田のあの発言は本心なのか。
だとしたら、この穏やかな関係もいつか変わってしまうのか。
そう思うと、寂しいような気もする。
「矢央さん、もう少し付き合ってくれません?」
「あ、はい」
急に目の前の男を意識して、少し声が上擦った。
それを隠すように急いで店を後にする。