駆け抜けた少女ー二幕ー【完】

荷造りも終わりかけになる時、バタバタと廊下を走る音がして何事かと思っているとヒョコっと少年が遠慮がちに部屋を覗き込んだ。


少年の正体が分かるとにこっと微笑む矢央を見て、ほっとした表情を見せる少年はおずおずと言葉を発する。


「あ、あの間島さん、何かお手伝いありますか?」


「市村君は荷造り終わったの?」


市村とは、最近入隊し土方の小姓を勤める細身の少年だ。

矢央よりも四歳若い市村は、まだ少し幼さを残してはいたが成長期の男の子。身長は矢央よりも高い。


「僕の荷物は殆どないので既に終わってます」


入隊したばかりの市村の荷物は矢央よりも遥かに少なかったので、何か手伝うことはないかと屯所内を走り回っていたらしい。


しかし矢央の荷造りももう終わると伝えて丁寧に断ると、何故か残念そうに項垂れているので何事か尋ねると。



「いえあのー、間島さんは以前副長の小姓をされていたそうで。 その少しお話したいなあと」


「小姓ねえ。 小姓なんて大したもんじゃなかったよ? ただやることないなら手伝えって言うものだから、それに私は土方さんのというより新撰組になる前の局長の小姓だったし」


これも懐かしい思い出の一つだったのか、矢央は微笑む。

それとは反対に市村は首を傾げていた。


「以前の局長ですか?」


どうやら話は長引きそうだと思い「ちょっと休憩しよっか」と、部屋を出て縁側に腰掛けると、その隣に座るようにと市村を手招いた。

矢央に呼ばれた市村は「失礼します」と頭を下げて腰かける。



「私が局長達に出会った頃は、まだ新撰組じゃなくて壬生浪士組っていう組織でね。 その時は局長が二人いたの」

「二人ですか?」

「うん。 私はよくわからなかったけど、筆頭局長だった芹沢さんって言う体も態度も大きな人が一番偉い人だったみたいで。 色々あって、私は芹沢さんの小姓になったんだけどね」


懐かしい思い出を楽しそうに振り返る矢央を見ていると、次第に市村の顔も綻んでいった。


「私、あの頃はお茶のいれ方すら知らなかったから、芹沢さんにも土方さんにもよく怒られてて、それが悔しくてわざと砂糖入れてやったりしたこともあった」

「ええっ、局長にそんなことを?」

「土方さんにもしたよ。 私が唯一ちゃんとしたのは近藤さんだけだから。 それで、茶もまともにいれらねぇのかって説教を芹沢じゃなくて土方さんに延々にされてさ。 あれは流石に参ったよ」

「いえいえ、説教ですんでるだけ良いんじゃ…」

「そうかな? それで、それからは芹沢さんにもまともなお茶をいれるようになったけど、土方さんには山葵入りのを出してやったよ」


心底楽しかったのか、腹を抱えて笑う姿を見て市村は一人背筋を震わせたとか。

土方の怒る姿が目に浮かび、自分には一生出来ない悪戯だと思った。


「あのそれで、その芹沢さんという方は?」


今は局長は近藤一人なので、新撰組にはいないことは分かるがその後どうなったのか純粋に知りたがる市村を、本の一瞬辛そうに見た矢央は直ぐに前方に顔を向けた。


「亡くなったよ。 そのあと直ぐに新撰組が出来て、今の状態になった」

「あ、そうだったんですか」


この時代、こんな環境にいては何時誰が死んでもおかしくない。


矢央は大切なものを沢山失ってきて、それでも今はこうして若い彼に語れるのは仲間のおかげだと言う。


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