駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
「以前副長が仰ってました。 僕が失敗ばかりで落ち込んでいたら、「あいつも落ち込むが、でも挫けない」って。 その時の副長は、とても楽しそうに仰っていたので、もしかしてと思って井上先生に聞いたら間島さんのことだと仰っられたので」
「挫ける暇すら与えてもらかなかったからね。挫けそうになると、次から次に問題が起こるもんだからどん底まで落ちたんだけど」
「…だけど?」
「這い上がるしかないって思った」
落ちるとこまで落ちたなら、もう落ちる場所すらなく、ならば後は這い上がるのみだ。
「這い上がるしかない…」
「私には此処しか居場所がなかったから、此処にいるためには強くならなきゃだめだと思った。 挫けてる時間なんてないって気付いてからは、もう頑張って気を張ってた。 まあ、ただの強がりなんだけどね」
へらっと笑みを崩す矢央を市村は格好良いと尊敬の眼差しで見詰めている。
自分よりも小柄な青年なのに、ただの隊士なのに幹部達と肩を並べる矢央に興味を持って直ぐ、その本人に会う機会があった。
土方に茶を二人分用意しろと言われ部屋を出ようとしたら、「一つは温めにしてくれ」と頼まれたので局長は温めか好みかと聞けば矢央が猫舌だからと言った土方。
会ってみたいと思っていた人に会える機会があると分かった市村は、興奮のあまり土方の分まで温めにしてしまったのだ。
「話が大分逸れちゃったけど、私は小姓としては半人前なので、市村君は市村君らしく頑張ってね! あ、土方さんに腹立ったら私が良い悪戯教えてあげるよ!」
にかっと笑い、冗談にならない冗談を簡単に言ってしまう矢央。
こういう気取らないところも気に入った。
「はいっ! お話聞かせてくれてありがとうございました」
「いーえ! こういう話なら、まだまだいっぱいあるから、良かったらまた昔話に付き合って」
「も、勿論です! あ、と言うか話して喉渇いたのでは? お茶をいれて来ましょうか?」
先輩である矢央の貴重な時間を自分のために使わせたと思った市村は、今更ながら慌てて立ち上がった。
矢央の返事なく厨に向かおうとした市村だったが、矢央に裾を引っ張られ躓きそうになりながら振り返った。
「お茶はまた戴きます。 どうやら、お茶をゆっくり飲む時間はもうないみたいだし」
そう言って背後を振り返った矢央に吊られて見れば知らない男が腕を組此方を見ている。
沖田に負けずの女のような綺麗な顔立ちの細身の男は、廊下に寝そべって男を見上げる矢央を無表情のまま見下ろすと形の良い唇を動かした。
「暇そうやな。 ちょお顔貸しや」
「お手伝いですか? 山崎さん」
「せや。 薬がようけあって敵わんわ。 間島は…どうやら荷造りも終わって団欒しとおとこ悪いねんけど手伝え」
「いや絶対悪いとか思ってませんよね? ね?」
怠そうに起き上がって山崎を突っ込む矢央と山崎を見ていた市村に、矢央は顔の前で両手を合わせた。
「というわけなんで、お茶はまた今度ね! 楽しかったよ、市村君またね!」
「あ、はいっ。また…」
颯爽と去って行く姿を唖然と見送る市村だけがその場に残り、これからどうしようと思っていると、
「市村ぁぁぁっ! 何処にいやがんだっ!!」
荷物が一番多いであろう土方が小姓に手伝いをさせようと、屯所内を鬼気と歩き回る。
自分の名をドスの利いた声で呼ばれ、ひっ!と身の危険を感じた市村は改めて思うのだった。
ぜっ、絶対に怖くて逆らえるわけがないっ!!