駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
茂が寝てしまったため邪魔をしてはならないと、永倉と共に原田の家を後にした。
屯所までの道程を歩いていると、永倉は「あ…」と小さく声を漏らし立ち止まる。
少し後ろを歩いていた矢央が、どうしたのかと尋ねると罰悪そうに振り返った永倉はこう言った。
「…道、間違えた」
「…あ、そういえば」
お互いに、まだ新しい屯所に馴れず、こうして出掛けるとたまに道を間違えてしまう。
顔を見合わせた二人は笑った。
「住み慣れた場所を移るのは、ちと考えもんだ」
「でも、新しい屯所は立派ですよね! お風呂も広くて一人だと変な感じです」
「んだそれ、誘ってんのか?」
「はい?」
ピタリと立ち止まり間の抜けた声を出す矢央を、ニヤリ顔で振り返る永倉。
ああ、またからかって遊んでる。
最近はよくこうしてからかわれることがある矢央は、またしてやられたと永倉を睨んでやった。
「冗談だと思ってんだろ? 案外本気だったりすんだけど。 お前が風呂入って間、俺が風呂の見張りしてんのは案外面倒だぜ」
未だに女風呂が用意されているわけではないので、矢央が入る時は見張りがつくのだが、今は矢央の正体を知り尚且つ手が空いているのが永倉か山崎くらいなので、矢央とて申し訳ないとは思っていた。
しかし、だからと言ってこれは本気には出来るはずもない。
「嫌ですよ。 永倉さんとなんて入らない」
「それは、俺以外なら入ると受けとれるんだが」
むっとする永倉は、矢央の顔を覗き込む。
どうしてもからかいたいんだな。
未だに永倉がからかっていると疑わない矢央は、唇を噛んでキッと睨みあげてやる。
「違いますっ。 ていうか、大人のくせにからかわないでくださいっ」
「…からかってねえよ」
ふうと息を吐き視線を反らした永倉は、袖に腕を突っ込み身を起こすとまた歩き出した。