駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
「隊士が増えたところで手負いでは役立たずではないでしょうか」
爽やかにそう言う伊東だったが、その表情には僅かに焦りを感じて周りをきょろきょろと見て落ち着きがない。
きっと熊木の登場を今か今かと待っているのだろうが、その熊木はといえば矢央を小脇に抱えたまま屋根の上で正に高みの見物である。
その熊木の顔には色は無く、最早伊東がどうなろうが関係ないらしい。
ーー漸く此処まできた。
熊木は表情は崩さないものの、心の中では笑っていた。
長かった。
この日を迎えるまで、幼い頃から自分の見えている少ない未来の中で上手く生きてきた。
熊木にすれば佐幕だろうか攘夷だろうが、そんなことはどうでもよくて、ただ一つの信念のみにすがりつき生きてきたのだから。
「そろそろ起きたらどうかな?」
いつまでも抱えているのは重いと、矢央を屋根の上に放りだした熊木は、うっと唸った矢央を冷たく見下ろした。
うっすらと開いた視界に熊木の足下が見えて、矢央は痛む身体をゆっくりと起こした。
頭もくらくらするが、身体の痛みは腹辺りからでよく見れば着物に血が滲んでいる。
「…藤堂平助の傷を少し引き受けてしまったようだね? そんなことしたところで、どうせ死んでいたのに」
「…っ! あんたが、そんなこと言わないでっ」
矢央は熊木を睨み付けた。
こんなにも人が憎いと思ったことはない。
熊木さえいなければ、今頃藤堂は生きて別の道を歩むことになっていたはずだ。
自分のせいで熊木が藤堂を殺させたことに、矢央は自分自身も憎く感じた。
「これは運命なんですよ。藤堂平助は、油小路で新選組隊士に斬られ死ぬ運命だった。 そして、あそこで土方さん達と向き合っている伊東さんもね」
「…運命なんて関係ないっ! 私は、大切な人を守りたかったっ!!」
「そうですか。 なら、宣言通り彼等を守ってみてくださいよ?」
奥歯を噛み締める矢央を一瞥すると、熊木はさっと屋根から飛び降り土方と伊東の間に立ち、笑みを浮かべ矢央を挑発するように見上げる。