駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
何笑ってんだよと、腕の中に包まれたまま笑われる。
笑ってないよと言って、嘘吐けと、また笑われる。
そんな些細なやり取りが凄く幸せに感じた。
ーーーーーーなのに、そんな些細な幸せすら長く味わうことはできなかった。
*
早朝籠がやって来ると、僅かな荷物を持った矢央は俯いたまま顔を上げられないでいた。
「いいか大坂で暫く大人しく待ってろ。近いうち迎えが行くようにしてあるから」
「………」
「総司、近藤さんに我が儘言うんじゃねぇぞ?お前も大人しくして、さっさと治しやがれ」
「我が儘なんて言いませんよ」
近藤と共に大坂へ行くことに多少不満が隠せない沖田の機嫌が見るからに分かる。
いつもは穏やかに微笑んでいるのに、今日はずっとぶっちょ面だ。
「そう心配せずとも大丈夫だ。総司も矢央君も俺もな。それよりも歳、新選組を頼んだ」
「ああ、あんたも早く直しさっさと復帰してくんねぇと俺の身がもたねぇぞ」
「ああわかった。ほら総司いつまでも拗ねてないで行くぞ」
「だから拗ねてないですって!」
籠に向かう近藤の後を沖田が慌てて追う。
しかし矢央は一言も発しないまま俯いた状態から一切動かない。
やはり納得していないか。
溜め息を吐き、手を伸ばそうとしたが、それよりも早く矢央の腕を掴んだ男へ視線を送った。
「迎えに行く」
「………」
近藤と沖田を見送りに来た土方と原田は、目を見開き永倉を凝視した。
切な気に眉を下げ、口許は僅かに笑う。
「必ず迎えに行ってやるから、近藤さん達と大人しく待ってろ」
「……」
ゆっくりと顔を上げた矢央は瞳を潤ませ永倉を睨んでいた。
心に思うことはただ一つ。
迎えなんていらない、いらないからただ一言言ってほしい。
“行くな”とか“傍にいろ”とか何でもいいから、永倉の傍にいられるようにしてほしかった。
「ンな顔すんなよ…」
新選組副長の命令は絶対である。
なのでいくら矢央が此処でもう一度ただをこねても、大坂へ行くことが変わることはきっとない。
分かっているが、この人ならもしかしたらどうにかしてくれるかもしれないと淡い期待をしてしまうのだ。
「お前等…まさか」
「へえ、そういうことに落ち着いたわけか?」
「あ?原田は知ってたのか?」
自分達の存在なんてないような二人の世界に浸る二人の傍らでニヤニヤ顔の原田、その原田の隣に寄りどういうことだと詰め寄る土方。