駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
「…矢央」
「…もういいです」
我が儘言っても仕方ないこと。
だからこんな態度を取れば永倉が困ることも分かってる。
見上げる顔が苦笑いになっている。
「大丈夫です。大丈夫だから…永…新八さんは、自分のことだけ気にかけてください」
ハッと土方の目が更に見開かれる。
永倉のことを新八と呼んでいることに、顎が外れんばかりに口を開いていた。
「ん。わかった。ほら近藤さん達が待ってるから行け」
「……はい」
名残惜しそうに、もう一度永倉を見上げてから躯を返した。
去って行く籠を見つめていると背筋をゾッとする視線を受け、ゆるゆると振り返る。
「なんすか?」
腕を組んだ土方がいつもよりも深く眉間に皺を寄せていた。
その隣には全て分かった風に笑う原田が口をパクパクと動かして「やるな」とニヤついている。
「いつからだ?」
「昨日です」
場所を移した土方は本日一番の溜め息を吐く。
つい昨日、矢央が新選組の誰かを好きだと気付いたというのに、その日のうちに結ばれていたとはと宙を仰いだ。
「で、どうするつもりだ?」
「どうするとは?」
互いに腹の探り合い。
「矢央に縁談の話があると言ったな。それを知った上でお前はあいつをどうするつもりだと聞いている」
鋭い視線と低い声、これではまるで尋問を受けているようで少し笑えた。
が、顔には出さず考える。
できることなら愛した女をこの手で幸せにしてやりたい。
しかしいつ死ぬかもわからぬ身の己が傍にいて、本当に幸せにしてやれるかどうかは分からない。
だったら土方の持ってきた縁談を勧めてやる方が大人の対応かもしれない。
「正直迷ってる。このままもう会わない方が、矢央にとっては良いのかもしれねぇって。
でも、矢央をこの手で幸せにしてやりたいと思うのも本音だ」
「…そうか。俺はよお…ほしいもんは絶対に誰にも譲る気はねえ。目の届く場所で守り抜いて、俺が幸せにしてやるさ」
「すっげえ、口説かれてる気分」
ーーー必ず守り抜くさ、この新選組をな。
土方は真っ直ぐ永倉の双眸を見詰める。
先程まで揺らいでいた視線は、全く揺らぐことなく目の奥に炎を宿しているようだった。
「土方さん、あんたに頼みがある」