駆け抜けた少女ー二幕ー【完】

「源さんっ源さんっ!しっかりしてっ」


腹に数発受けたのか、血が大量に流れ、抱き起こした井上の顔は蒼白だ。


「井上さんっ、死んでは駄目ですっ」

「源さんっお願い、目を開けてっ」



二人の声を遠くに感じながら、重い瞼を持ち上げて映った二人の顔を見てホッと息づいた。


「良かった…早く…行き」

「できなよいっ!源さん置いて行けない!あ、そうだ待ってください。今、治すからっ」


今ならまだ間に合うはずだと、矢央が井上の傷に手を翳したが、それを力無く握り井上は首を振る。


「いけない…そんなことしたら…私は永倉君に…会わせる顔がなくなる…」

「でもっ、じゃないと…」


死んじゃうとは言えなかった。
言葉にすれば、本当に井上が逝ってしまうと思った。


しかしこのままでも井上の命は助からないと分かり、矢央の顔は涙に濡れた。



「いいんだこれで。私は満足している…皆に出会え…て、此処までこれた。それだけで、満足だ。 さあ早く…行きなさい…そして伝えてくれないかい?」


喉が嗚咽でつまり言葉が出ない。

ボロボロと矢央から落ちる涙に井上の顔が濡れた。











「私の心は永遠に誠と…共にある…と」







慶応四年、一月五日。

新選組古株の良き兄貴として皆に慕われた井上は、淀千両松にて敵の銃撃を受け亡き人となった。


戦が始まり沢山の仲間を失ったが、より親しい人を亡くしたのは井上の死が最初となる。


息を引き取った井上の亡骸を抱きしめ泣く矢央を、同じように涙で目を腫らしながらも市村は立ち上がり矢央を先へと促す。


別れを惜しみながらも、井上が命をかけて守ってくれた命をこの場で無駄には出来ないと、ふらふらの足を叱咤して立ち上がる。



「源さん…今までっありがとうございましたっ」



源さんの残した言葉、必ず皆に伝えます。



冷たくなった手を握り締め、もう一度お礼と別れを告げて走り出す。



その間も涙は枯れることなく流れ続けていた。















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