駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
「で、今度は何処をやった?」
「……お腹をちょっと」
永倉と別れた後、敵の撃った弾が腹部を掠めたーーと永倉には嘘をついた。
傷は塞がりかけていたので嘘を信じてはくれているようだ。
矢央が嘘をついたのは山崎のためで、もし山崎のためにあの力を使ったと言えば、それを知った山崎が辛くなると思ったから。
「っはああ…なあ矢央、頼むから無茶をしねぇでくれ」
頭を下げ大きく息を吐く永倉を寝たまま見上げる。
「失っちまうのかと思ったじゃねぇかよ」
「新八さん…」
「とりあえず大丈夫なんだな?」
「はい。私の怪我は直ぐに治りますから」
そうか、と安堵の笑みを浮かべた永倉が立ち上がろうとし「それじゃあ土方さんとこに」と呟けば、それ以上動けずに顔を矢央に向けた。
矢央に裾を掴まれていた。
「…もう少し、もう少しだけ一緒に…」
いてほしい。
井上の死と山崎の大怪我を見て、さすがに心が安らぎを求めたらしい。
永倉を見てしまったら、おさまっていた感情がこみ上げてくる。
「わかった。一人にして悪かったな」
「ううん…」
大きな手に頭を撫でられて安心する。
目を閉じると涙が流れ落ちた。
それを永倉の指が掬い取る。
「先に戻った左之から此処へ来る途中に聞いた。源さん…死んだんだってな」
それを知った原田は声を上げて泣いていて、一刻も早く隊士の手当てをしてやらねばならないと焦っていた永倉は涙を堪え原田と別れてきた。
「私のせ…」
「源さんがな言ってくれたんだよ。矢央が大坂へ行った後、左之が皆に言いふらしやがって、俺とお前がその…だな。
んで、久しぶりに酒を飲もうって夜部屋に来て」
『矢央君と恋仲になったんだって?
いやあ嬉しいよ!永倉君なら、あの子を幸せにしてあげられると思う』
『な、なんすか?いきなり…』
『いやね、矢央君は我々以上に苦労人だろう?
未来から来たことも、ここでの環境も、これまでの出来事も彼女には辛いものばかりだ。
だからね、誰もが願うんだろうね?彼女の幸せを、彼女がいつでも笑っていられるようにと』
「源さん、娘を嫁にやるような気分で少し寂しいが幸せになってほしいって…いつか平和な世が来たら俺達を改めて祝わしてほしいってな」
「…う~っ」
ふわりと、もう一度頭を撫でられた。
その優しい手は、泣いて良いと我慢しなくていいと言ってくれているようだった。
だから周りに人がいるというのに矢央は声を抑えることなく大声で泣き叫んだ。