駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
少しでも長く傍にいたかっから、この判断に後悔はない。
二人は布団一式だけ敷かれた六畳程の部屋にいた。
出逢い茶屋という場所らしい。
恋仲がその仲を確かめ合うための場所だということくらい、目の前の布団を見れば嫌でも分かる。
「そう緊張するな。二人でいられる場所が此処くらいしかなくてな」
思っていたより緊張していたのか、永倉がお茶をいれる音でやっと周りを見る余裕ができた。
「矢央が初めて俺達の所に来た時は同じ部屋で寝てたんだよな。よく考えたら、嫁入り前の女なのによく我慢できたよ」
「あれは仕方ないことだし。それに皆といる方が一人より良かったんです」
でも今は少し気持ちが違う。
永倉とは恋人になり、そして男女二人きりの上に布団は一式だけ。
ドキドキせずにはいられない。
此処へ来る前に腹は減ってないかと聞かれたが、お腹なんて空いてないし、あの時の勢いを失うと此処へは来られなかったと思う。
ーーードサリ。
音の元を辿ると、布団の上に永倉が肘を立て寝転がって此方を見ていた。
ーーードキンッ。
「何もしねえから、こっちこねえか」
ポンポンと空いた場所を叩くのを暫く見つめてから意を決して歩み寄ると、そこからどうしたものかと俯いた。
だが直ぐに腕を引かれ、気がつけば永倉の腕の中だ。
「あったけえな」
ギュッと抱き締められて、更に心臓の音は煩く鳴る。
「矢央、俺のこと怒ってもいいんだぜ」
視線を永倉に向けると、自嘲気味の笑みで見下ろされた。
「自分でも思う。ひでぇ男だってな。
お前を守ってやると言って、実際に傍で守ってやるわけじゃねえし。
お前の気持ちを分かってるつもりなのに、俺はお前のほしい言葉をやれねえ」
違うよ、それは酷いんじゃない。
それは永倉の優しさだと思う。
「今なら少しだけお華の気持ちが分かる気がするんだ。お華のように、こんな未来が見えてたら、そりゃあ辛いわな。
どうにかして未来を変えてやりたいと思うかもしれねえ」
それでも俺はきっと、この道を選んでるだろうけどな。
「最初はお華をなんて非情な奴だと思ったが、あいつがいなきゃお前と会えてねぇんだし…なんつーか複雑だな」
「新八さん、私はお華さんに感謝してますよ。近藤さん土方さん総司さん平助さん原田さん斉藤さん源さん山崎さん…そして、新八さんに会わせてくれたから。
いっぱい悩んだけど、それ以上に得るものがあって私は幸せです」
「…もっと幸せにしてやりたいんだけどな」
「充分幸せです。…でも、新八さんがそう思ってくれるなら、私に思い出をくれませんか」
今日は恋人らしく初めてデートをした。
これが最後じゃない保証があるなら焦ることらなかったけど、そうじゃないとしたらこれが永倉と最後の夜になる。
震える手で永倉の手を取り、自分の頬を擦り寄せる。
「私に新八さんをください」
「…それ意味わかってんのかよ」
「………」
「はあ。普通それは男が言うもんだ。矢央は時々すっげぇ男らしくなるよな」
笑われてムードもなくなりしゅんと落ち込むが、上体を覆い被さられまたすぐに心臓が鳴り始めた。