駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
斉藤はこれまで見た中で一番の笑顔だと思った。
不思議なことに見た目は年を取らない矢央は、未だ女というより少女のように幼い。
なのに矢央はこれまで経験したことのおかげで逞しく、そして美しく成長していた。
「“女子は本当に微笑んでこそ美しいと思う”」
「え?」
「否、なんでもない」
あの頃は目の前にいる少女が、こんなにも美しく微笑むようになるとは想像すら出来なかった。
「女に磨きがかかったというわけか。永倉さんが少し羨ましいな」
「なんで、新八さんが?」
「…なんでもない」
「斉藤さんは秘密主義ですねー」
むうっと唇を尖らせる姿は愛らしく、トゲトゲしていた心も晴れていく。
新選組で必死に足掻く少女を男達もまた必死になって守り見守ってきたが、こうして少女はいつも癒やしをくれていた。
長い髪を纏めている結紐が、いつも永倉がつけていたものだと気付き少し複雑な思いをしたが、それも秘密にしておこう。
きっと永倉と別れてきたのだろう矢央は、今必死に前を見据え自分の誠を貫こうとしているはずで、斉藤はそんな矢央を遠くから見守ろうと決めた。
「斉藤さんはこれからどうするんですか?」
「俺は会津に向かう。まだやることがあるからな」
「そっか。じゃあ、お別れなんですよね?」
だから会いに来てくれたんでしょう?
「…ああ。きっとこれが最後になるだろうから、最後に会いたかった」
笑顔で見送ってあげたい。
沢山のことを学ばせてくれた斉藤を。
なのにやはり身体は正直で、目の前の斉藤が次第に滲んでいく。
「お前に会えて良かった」
「…はい。私も斉藤さんに会えて良かったです。今まで本当にありがとうございました」
泣き顔を見せないように涙をこらえて頭を下げた。
そして次に顔を上げた時は、斉藤の望んだ笑顔で見送ることができた。
此処で別れようと言った斉藤が神社を出る前に一度振り返り、その不意打ちに慌てて目元を袖で擦って笑顔を作る。
「間島!最後に一つ聞かせろ。お前の誠とはなんだ!?」
近所の子供達の賑やかな声を掻き消すくらいに声を張り上げる。
こんな斉藤もまた珍しい。
「私の誠は、居場所を守ることです!」
もう皆が帰ってくる屯所などない。
しかし皆が疲れた時、心細くなった時、懐かしい思い出に浸りたくなった時、どんな時でも帰ってこられる場所を、自分自身を守ること。
そして、皆の誠を見守ることだ。
「見つけたんだな。自分の居場所を」
矢央には聞こえない。
これで思い残すことはなくなったのか、斉藤は笑みを浮かべて空を見上げた。
「斉藤さーん!!いってらっしゃい!!」
大きく手を振る矢央へ「行ってくる」と、背を向け歩き出した。
斉藤もまた自身の誠を貫くために。
そしてそのあと斉藤は土方に託された新選組と共に会津に向かい、壮絶な戦を乗り越えて行くことになる。
新選組の中でも激動の幕末を息抜いた数少ない人となり、明治を越え大正まで生き抜いた。
そして年を取り、家族に見守られながら死を迎えようとした時これまでのことを走馬灯のように思い返す。
新選組、仲間との出会い別れ、会津、そして最後に見たのは美しく微笑む間島矢央。
『斉藤さん、おかえりなさい』
「…ああ、ただいま」
ああ、我が人生に悔いはなし。
新選組、三番隊組長 斉藤一。
大正四年九月二十八日没。享年七十二歳でこの世を去った。