駆け抜けた少女ー二幕ー【完】

第十一話*誠に生きた少女の決断


土方との別れから四ヶ月程経った明治元年冬、矢央が待ち望んでいた人物が佐藤家の門を潜る。


庭で洗濯物を洗っているとのぶが矢央に声をかけ、その表情が何故かとても嬉しそうに立っていたのでどうしたのかと聞く。


「矢央ちゃんにお客さんよ。あなたがずっと待ってた人」

「ーーえ?それって……」



次第に視界がゆらゆらと揺れ始めた時、のぶが「こっちにどうぞ」と声をかけ、その人物の姿がはっきりと視野に入ると目の縁に止まっていた涙がぽろぽろと流れ落ちた。



「新…八さんっ」


掴んでいた洗いかけの洗濯物を放り出して永倉に走り寄ると、背後では矢央が落とした洗濯物を拾いながらのぶもつられて涙を浮かべていた。



「…元気にしてたか?」


飛び付いてきた矢央を抱き締める。


「はいっ…新八さん…おかえりなさいっ」


ごしごしと目元を擦る矢央の腕を掴み、赤くなった瞳を覗き込む。


改めて見ると永倉の服は薄汚れていて所々破れていたり、髪も最後に会った時から切っていないのか少し伸びていた。


そしてなにより無精髭を生やした永倉の笑みは心底疲れきっていて、帰ってきた喜びに浸っている場合じゃないと判断する。



「お風呂に入ってゆっくりしてください!お腹はすいてます?あ、それより怪我とかっ」


永倉から離れ至る所観察し始めた矢央に苦笑いしてそれを制すると、「とりあえず風呂入らせてくれ」と言った。





会津へと向かったあとの永倉は、会津戦争に敗れたあと明治元年九月頃なんとか江戸へと帰ってきた。


生きて帰ってきたことにより、矢央のことが気になり直ぐにでも訪ねたかったが、元新選組幹部は新政府に追われる身なのは変わらず共に逃げ帰ってきた友人の家に暫く身を潜めていた。


風呂につかりながら壮絶だった戦を思い出す。


伸びきった前髪から雫が滴り、傷が目立つ手で髪をかきあげる。



ーーーー戦に負けたのだ。


会津に行けばまだ勝算はあると信じていたが、その期待は呆気なく打ち砕かれ、情けないながらも逃げ帰ってきた自分。

未だに戦っている仲間達がいると思うと、こうしてゆったり湯につかっていることが申し訳なったが、それと同時にあの戦を息抜きこうして生きていられたことに喜びを感じてもいた。


矢央を見て、更にその想いは加速した。


矢央を言い訳に使うことに申し訳なさを感じながらも、矢央が涙を流し永倉に抱きついてきたことで生きて帰って来て良かったんだと思えた。


身も心も疲れ果てた永倉は、ざぶざぶと湯に深く身を沈め瞼を綴じる。




「新八さーん、服お借りしたんで上がったら着てください」

「…ああ、ありがとう」



矢央の声に耳を澄ませ心地良い湯に身を任せ、それから暫くして風呂を出た。



風呂を出て身体を拭いたあと久しぶりに着物を身に付けると、洋装着よりも身が引き締まるように感じ「やっぱり着物のほうが落ち着くな」と言って矢央の元へと向かった。








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