チューリップ
見えない壁
しきりに携帯電話を気にしている優斗を沙耶は少し離れた場所から見ていた。
「なに飲む?」
優斗は自宅の冷蔵庫を開けた。
「あっ、じゃあ、エビアン」
今日も、当たり前のように学校が終わると、沙耶は優斗の家に来ていた。
部屋のマンガのセレクトも若く、置いてあるもののセンスもすべてが見事に”ハタチそこそこの男子の部屋”
古びたの小さな冷蔵庫の中に手をのばし、エビアンを取り出す
「はい、どーぞ」
キャップを半分開けて、こちらに渡してくれた。
その手でまた携帯をパタンと開ける。
「ごめんなぁ、せわしくて!」
そんなことをぼんやり言いながら、メールをかちかちと打っている。
「今日、何かあったの?」
と聞いても、うん、とも、ああ、ともつかない、ふにゃっとした声で返事をする。
部屋に行ってからも、優斗の黒い携帯はサイドテーブルの上で、時々光っては小さなメロディーを鳴らした。
「ねぇ、見なくていいの?」
という顔をすると、
「いいの、いいの!」
という顔をするくせに、またメールが来るたびに、彼の口の動きは止まるのだった。
負けてはないけど、完勝じゃない。
彼にメールを送り続けてくる人におかしな対抗意識を持って、沙耶は少しだけ自分の声のトーンを上げた。
優斗は少しうわのそらだったけれど、不快にならないように、と思って気を使ってくれていることはよく伝わった。
それまでと違う着信音が鳴ったのは、沙耶が口を開いてる時だった。
ビクッとしてこっちを見た優斗の様子で、
あ、この電話は出るんだ、とすぐに分かったので、スッと離れた。
「ごめん!」
そう言って優斗は電話に出た。
二言三言しゃべって、部屋さえ出て行ってしまった。
一転して完敗した沙耶は、身体の向きを変え、掛けぶとんを胸までひっぱりあげて足を伸ばした。
優斗は電話を続けている。
聞きたいわけでは無いけれど、耳に入ってしまう会話。
単語の端っこ、それが少しずつ繋がりそうになり、次の瞬間、沙耶は耳を塞いだ。
嫌な予感がした。
この電話、聞いちゃいけない。
沙耶は、ふわふわの大きな枕をぎゅっと抱え、聞いてないよとアピールするように背を向けた。