チューリップ
夏のにおい
沙耶は混乱した頭で、お礼を言ってよろよろと立ち上がり、別の部屋でまた少し何本か採血をして、その日の検査は終わった。
「下の売店にウイダーインゼリーが売ってるから、あれを飲むといいですよ」
帰り際に先生が言ってくれた。
お腹は空いていたけれど食欲は全然ない。
でも何か食べないと辛いので、そうすることにした。
少し体が冷えていた沙耶は、病院の庭にあるベンチにすわった。
通り過ぎる人たちをぼんやり目で追いながら、グレープフルーツ味のゼリーを吸う。
グレープフルーツの味なんかじゃ全然ないし、美味しいものでもないんだけれど、ずっと空っぽだった沙耶のお腹には、優しかった。
たったこのくらいでいつも通りりの食事に耐えられなくなってしまう自分のシステムを頼りなく思う。
でも緊張から開放されてホッとしている気配もそこに感じられた。
うん、がんばったね。
そう思って、なんとなく手のひらでなでた。
芝生とコンクリートが太陽にめいっぱい照らされる匂い。
そこにグレープフルーツ風味のケミカルな匂いが少しだけ混ざって、それは真夏の匂い。
どうしようもなく泣きたいような気持ちになった。
もし清らかな人生と思うことが許されるなら、そういう風に生きよう。
自分が一人で思っているだけでもいいから、そうしよう。
沙耶は強くそう思った。