不器用な僕たち

『分かった』


千亜紀は呆然とした顔でそれだけ言うと、雨の降りしきる中、傘もささずに僕のマンションを飛び出して行った。

僕は千亜紀を追わなかった。

よかった、千亜紀が泣きついてこなくて。

雨のなか走って行く千亜紀の姿を窓から眺めながら、僕はホッと胸を撫で下ろした。


千亜紀と過ごした日々。

僕はたった一瞬で全てを排除して、いつものように曲を作り、そして歌う。

僕を支えてくれるたくさんのファンや関係者に感謝しながら。

その中に千亜紀の存在なんて、これっぽっちもないんだ。



無言電話が切れた後、僕はネットサーフィンの続きをする。

毎回チェックしているのは私設ファンサイトのBBS。

書き込みをするわけでもなく、ただ眺めるだけ。

一番盛り上がっているのが、32歳の僕が未だ独身であることへの様々な憶測、噂。


一番笑ったのは『涼は俳優の藤森健太郎とデキてるんだよ!』説。

健太郎とはドラマを通じて知り合って以来、交流が続いている。

もともと健太郎がベルマリのファンで、主演ドラマの主題歌を僕たちが担当したことがきっかけだった。
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