不器用な僕たち

一安心したところで時計を見る。

もう戻らないと…開演時間に間に合わない。



「おばちゃん、すみません。俺、また戻らないと……」

「あ!そう、そうよね。ありがとうね、涼ちゃん」



ベッドの上で意識のないまま目を閉じている千亜紀の元へ行く。

僕は布団の上にだらりと置かれた千亜紀の手をそっと握り締めた。



「千亜紀、ごめんな。そばにいてやれなくて。今日の公演が終わったら、また来るから……」



――…ピッ…ピッ…ピッ…


絶え間なく流れ続ける心電図の音。

それがまるで千亜紀が返す返事のように聞こえた。


どうか…次に僕がここに来たときに、千亜紀が笑って迎えてくれますように。



そんな願いを込めて、僕は病院を後にした。

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