子うさぎのお世話
「……帰るのかい？」


その呼びかけに雪兎はくるりと振り返り


「…………っ！！」


英彰に艶やかな笑みを向けた。


今まで見たことのない幼い少女のような雪兎が向けた……まるで…女の顔……。首筋のキスマークもそれを煽る。


英彰の心をゾクリと騒がせた。


雪兎はそんな英彰の様子には全く気づかずに……


「……帰って悪い子のハルにおしおきするの」


それだけを笑顔のまま言うと、今度こそ彼に背を向けて今だ睨み付けてくる時春の腕をとり軽やかに走り去ってしまった。



英彰は、ふ…っと小さく息をつくと


――ドサッ！と保健室の椅子に座り込んだ。


くしゃりと前髪をかきあげる。


「……あぁ、もう本当に完敗だ……！なんて子達なんだ！」


そう吐き出すと、ククク…っと笑った。


特に雪兎は最後の最後までまるきり予想がつかないことをしてくれる！


泣くでも怒るでもなく笑顔ですり抜けて行った。


あの子の弱さをついてこちらへ引き込むつもりが……


儚げな雰囲気など結局上辺だけでしかないのだ。
自分も中々人を見る目がない……そう思い、五十嵐棗の言葉を思い出した。


「……さて、高松先生も復帰されることだし……。子うさぎちゃんはおまえに返すよ……時春」


――いや。はじめからおまえだけのものか……………。


あれほど深く雪兎を愛する事は自分には無理だ。


互いを想い合う…その強さにも完敗だ……。


英彰は心なし寂しく疼く胸の痛みを忘れようとするかのように…保健室に置いてある私物の整理をはじめた。

< 169 / 197 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop