[SSS~SS集] 曖昧エレジー
◆幸福論
( @:SS )
「きみの幸せって何?」
まだ湯気の立つコーヒーカップを、カタリと置いてそう言った彼。唐突に投げ掛けられた問いに、あたしは見ていた雑誌を閉じた。
「そんなこと聞いてどうするの?あなたがあたしを幸せにでもしてくれる?」
そう言って彼を見遣れば、彼は困ったように小さく笑う。
「いや…。ただ、全ての人が“幸せ”な世界ってあるのかなって、ちょっとそう思って。」
全ての人が“幸せ”な世界、ね……
それがどんな世界なのか、訪れた沈黙の中、目を閉じて考えてみたけれど。
否定的な考え方しかできずに目を開ければ、あたしにそんな問いを投げ掛けた張本人は、再びコーヒーを啜っていた。
そんな彼は、自分に向けられる視線にようやく気づく。それを確認した後、あたしはゆっくりと口を開いた。
「…思ったんだけど。」
「ん?」
「“幸せ”な世界なんて、そんなものないわ。」
「どうして?」
断定するように言い切ったあたしに、彼は微かに首を傾げながら問いかけてくる。
けれど、どうして?だなんて……
そんなの、あなたが1番わかっているくせに。
「“幸せ”に溺れる人の影では、必ず誰か、哀しみに嘆いている人が居るからよ。」
だからあたしは、それだけ答えて再び開いた雑誌に視線を落とした。哀しそうな表情を浮かべた彼に、気づかないフリをして。
落とした視線の先、雑誌の文字なんて何一つ目には入ってこない。そんな中脳内では、つい一ヶ月前に彼から言われた言葉を何度も反芻していた。
『俺、結婚することになった。』
あたしが彼にとって、ただの友達であることくらい、わかっていた。相思相愛な彼女がいるのも、知っていた。けれどそれと同時に、彼自身もあたしの気持ちに気づいていたはずなのに。
…――大好き、だった。
彼にとっての“幸せ”が、万人にとって“幸せ”とは限らない。つまるところ要するに、彼の結婚はあたしにとって幸せではなかったのだ。
だから、ねぇ、そうでしょう?
全ての人が“幸せ”になれる世界なんて、ない。
幸福論
( 幸せになるあなたの陰で )
( あたしは泣いていた )