no title
「…希々、」
ざわざわと煩い世界で、しっかりと私の耳に届いた声。
ゆっくりと、顔を上げる。
私より身長の高い賢太。
その顔を見上げると、優しく微笑んでいた。
小さく動く、賢太の唇。
( 大 丈 夫 。 )
口パクで紡がれる言葉。
私の冷たい手を、賢太が握る。
「俺がいるだろ」
小さく言って、賢太は歩き出した。
震える私の掌を隠すかのように、強く握って。
一歩一歩、俯きながらしっかりと歩く。
だいじょうぶ、大丈夫、大丈夫。
視線を床に落としながら、賢太について行く。
大丈夫、大丈夫だ。
「希々、」
賢太に名前を呼ばれ、顔を上げた。
賢太が指を指しているのは、黒板の座席表。
「…あ、」
黒板に描かれた、座席表。
窓際の後ろから2番目の席には、私の苗字。
窓際から2列目の後ろから2番目、私の隣には、賢太の苗字が。
「隣だな」
にっと、賢太が笑った。